
高砂曽根に知る人ぞ知るワインと日本酒専門のお店があります。
蔵をイメージさせる建物。酒店のようには見えない外観だが、一歩、店内に足を踏み入れると、地酒やワインがずらり。その数は1500種とも、2000種とも。日本のワイン業界では知らない人はいない有名店「酒商 川十」だ。
創業は1915年。現店主の川西千秋さん(58歳)は3代目。東京の大学を卒業後、食品業界での修行を経て、1975年に地元高砂へ。当時は総合食品店だった家業を、酒、ワインの販売に特化させ、「酒商 川十」をオープンさせた。
川西さんは、独自路線として、「驚き、関心、興味」を引き出すために、あえて商品を特化させた。ワインを選んだのは、「私が店をしているという自己主張がしやすかった」のが理由。そして、「ワインという商品を大事にしたい、そう思ったら結果的にこういう店になった」という。ワインは極端な温度変化を嫌う。セラーは20度以下を保つように設定されている。どんな良いワインも、管理が悪ければ台無しだ。そのための努力は惜しまない。「ワインにとって快適な空間は寝室と同じような環境」なのだという。電気も消し、振動を与えず、におい無し。そこに静かに横たわるワインボトル。
ワインというと一般には敷居が高い。でも、と川西さん。「ワインについて学ぶことや、知ることが楽しかったら勉強して欲しい。つらいのなら勉強しない方がいい。しんどいことは本来、酒屋の人がすることである」と。ホテルやレストラン、居酒屋や料亭と、同店のお客様は、加古川、姫路、神戸、大阪、東京、などと全国区だ。だが、あえて一般のお客様との出会いを大切にしたい。「酒商 川十」を気に入ってくれたお客様としっかりとしたパートナーシップを築いていきたいという。そのためには、「川十」の強みである「キャリアとネットワーク」を生かしていきたいという。青年会議所や商工会議所などの、まちづくりでも活躍。地元・播州をこよなく愛する。

酒やワインを売るためには、関心を高める土壌を自ら作る必要があった。例えば、このあたりは祭りが盛ん。祭りには酒がつきもの。若い頃は「祭りにはワインやで」と、あえて言いながら参加したものだった。その後も次々と団体を立ち上げていった。来年で創立30周年になる「高砂ワインクラブ」、播州の酒蔵とその応援隊からなる「播州酒・食・文化懇話会」など。提案して、これらの会を自ら作っていき、ワインや日本酒のマーケットを育てていった。
「酒蔵は全国にあるのだから、その地の人がその酒を飲んで欲しいと思う。当時、酒蔵は大手酒造会社の下請けのような存在であった。地元の人がわくわくするお酒が無かったと思う。地域に根ざしたお酒を造って、それを地元の人が飲むのが普通の姿。地元の食材を食べて、地元の酒を飲んで欲しい」と熱い。
ワインはイコール、土地の名前だ。長年にわたって、ワインや地酒を扱ってきた川西さん。方程式を発見したという。
土地柄+人柄=味柄。根拠はテロワールというワイン用語。ブドウが育つ環境を最大に生かそうという発想、環境が違うということが価値という発想だ。ワインは畑と環境でまったく異なる味になる。その上、違った人が作ったら違うスタイルの表現になる。この方程式は、すべての酒にあてはまるという。
失敗のないお酒の買い方というのはあるのだろうが。「結論から言えば、無駄なことの繰り返しかも知れませんが、何件も酒屋を訪れて相性の合う店を見つけること。ポイントを伝えれば伝えるほど失敗は少なくなる。予算、こんな料理に合う酒、手みやげならどんな酒がなど。店での会話を楽しめば、店主の資質や個性も確認できる。信頼関係を築けば、失敗のない酒選びが出来るはす。良きパートナーになることが理想だ」。日本酒では熱燗で飲みたい、そのまま飲みたい、冷やして飲みたいなど、好みは人それぞれ。良きアドバイザーの存在は欠かせない。楽しい食卓というキーワードの中で提案をしてくれる、そんな店を選んで欲しいという。「酒屋はおかかえのソムリエだと思ったらいい」ともいう。

夢は、地元の酒蔵が誇りを持って酒づくりが出来る環境を共に作り上げたい。地元の酒を売っていこうというのは大きなテーマだ。まちづくりに対する思いも熱い。1988年に青年会議所時代に策定した「フライダル都市 高砂」構想の具体的な展開も夢見る。その一貫として、今から数年前に「ご緑高砂」というお酒をリリースした。
好きな言葉は「生かす」。あるものを生かす。歴史、環境、地域、人材など。持ち味を生かして、いいものを何とか生かしたい、生かしてあげたい。スポットライトを浴びる人も、当てる人も、みんな評価されなければならない。キャラクターやスタイルを生かす。そんな世の中なら、こんなに楽しいことはない。
2009年01月の記事